書評 竹内誠(他)編『徳川「大奥」事典』

 「大奥」は、江戸城内の公的空間である「表」や将軍の居住・執務空間である「奥」に対して将軍やその家族が住む私的空間である。今や見る影もないが、誰もが一度はその言葉を耳にしたことがあろう。近年はドラマや小説などで、絢爛豪華なイメージとともによりいっそうなじみ深いものとなっている。あるいはそこに住まう人々の情念や欲望が渦巻く場所という少し不気味なイメージを抱く人もいるかもしれない。大奥とは何ぞやという問いかけに答えられる人はそう多くないかもしれない。
 本書『徳川「大奥」事典』はそうした問いかけに史料や構造、人物といった側面から大奥女中の日常や髪形に至るまで、丁寧かつ詳細に答えてくれる。本書は3部構成の形をとり、第1部「江戸城『大奥』」、第2部「将軍と『大奥』」そして、第3部が「大名家の『奥』」となっている。
 評者は幕末維新期に関心があるので、天璋院和宮、美賀子ら将軍の正室を始め滝山、庭田継子、観行院、一色寿賀、中根幸、新村信といった関係人物にまで、最新の研究に裏打ちされた記述がなされており、ありがたい。また大名家の「奥」について言及しているところにも本書の特色があろう。本書を読んでいると、江戸時代の女性たちも子孫を残すというだけではなく男性とともに戦っていたのだということがよくわかる。大奥や御台所に光をあてることによって、「表」や将軍を浮かび上がらせている。260年の太平の基盤を築いた徳川家の見事さに改めて気づくことのできる事典であり、今後の徳川・大奥研究の指針となるだろう。